きょうの気になるワード(ちゅうさん流の解釈)


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新聞・テレビ・週刊誌・どこかの掲示板・電車の中吊りなど、オヤッと思ったワードや
フレーズをヒントに、筆者の体験や気づいたことを加えて毎日コメントしています。
2008年4月21日に開始、13年目に入りました。
2020年7月13日までは、文末でLINKしています。


2020.10.29 『漢字が書けない』

“書く”より“選ぶ”文字を使っているから、漢字が書けない。久々に手紙を書いたら、書けない文字が多く有って、 苛立った。ど忘れ漢字辞典なるものを持っているが、これが役にたった。何となくイメージではわかっていても、 つくりは何だったかな、ヘンは何だったかなと迷う。もう、チコちゃんに叱られそうだ。忘れていることが多いと、自身を疑ってしまう。 漢字だけでなく、前に有ったこと、顔は覚えていても、名前を思い出せない人、テレビを見ていて俳優の名前が思い出せない…、 などなど、いやになることがある。忘れることはいいことだ、という精神学者の人が居たが、忘れてはいけないことも多いのに。


2020.10.28 『鉄印』
国の施策で、印鑑の廃止に向かっているが、印鑑が無ければ困る場面もある。神社仏閣を参拝した時にいただくのが、御朱印。 これは印鑑と朱肉が無ければならない。この御朱印の仕組みを鉄道の場面で応用した 鉄印が人気となっているようだ。まだ現物を見たことは無いが、神社仏閣のように、御朱印には御朱印帳、鉄印には鉄印帳が有って、これをもって旅をし、最寄りの駅で鉄印をいただく、 というスタイルのようだ。 書いてもらうのに1回300円というから、神社仏閣と同じだ。鉄道業者の他、観光業からも注目のトレンドになっているらしい。
秋田県の由利高原鉄道の矢島駅では、売店の職員佐藤さん(70歳)が鉄印を書いてくれるそうだ。代金は通常の300円プラス200円の 500円。書き終わると、鉄印帳と200円の商品券を渡し、売店で買い物してもらうのだという。考えたものだ。印鑑の需要、 まだまだありそうだ。


2020.10.27 『首里城再築』
沖縄の首里城が炎に包まれてから、そろそろ1年になる。信じられない光景に驚きを隠せなかった。創建以来、1453年に消失、 以来5度の焼失が有ったという。火災以来、全国から寄付金が寄せられ、これらの浄財をもとに、2022年着工、 2026年の完成を目指している、という。首里城だけでなく、全国の城や神社仏閣などを見ると、重機などの無い時代、 どうやって重い石を積み上げたのだろうか、どうやって部材を運搬したのだろうか、どうやって水平を出し、 組み上げたのだろうか?など、不思議に思う。すべて人力に頼ったのだから、先人はすごいと思う。 最新の技術を駆使して文化を再建する工事は、その工程を見せる化して行われるそうだ。


2020.10.26 『ドラフト会議』
今日はプロ野球のドラフト会議、あまりマスコミの話題になっていないのは、筆者の耳が遠くなったせいなのだろうか? それとも、野球以外の話題が多いからなのだろうか?大型ルーキーが居ないからなのだろうか? ドラフト会議で、ひとりの野球人生が変わってしまうことも有るから、運が良かった人、希望通りに行かなくて悩む人、 いろいろある。決まったことに逆らわず、素直に受け入れてスター選手になった人、希望通りになっても、 芽が出なくて忘れ去られてしまう人、制度に反対して受け入れを拒み、ウルトラ技で希望球団に入ってしまう人、いろいろだ。 野球に限らず、希望した会社に就職できても、与えられた職務が希望通りいかなくて退社する人もいる。世の中、 運と実力と努力が勝負、何が人生に作用するかわからない。人生、希望通りに進まないことが多いから、逆境をどのように 克服し、自分の道を築き上げていくかを考えられるほうが良い。


2020.10.25 『紅葉前線』
日増しに朝方の気温が下がり、夜露の量が多くなった。同時に北のほうから/標高が高いほうから、 紅葉の便りが届くようになった。ネットには紅葉前線の地図が掲載され、ライブカメラで様子が見られる。 秋晴れの中、紅葉狩りが楽しみだ。茨城県ひたちなか市のひたち海浜公園では、 丘に植えたコキアが赤茶色の紅葉が見事になっている。 最盛期は過ぎたようだが、まだ大丈夫のようだ。ここは、4月末から5月中旬にはネモフィラのマリンブルーが、 感動的なところだが、今年は、せっかく丹精して咲かせたのに、コロナ自粛で公開を中止した。 ライブ映像で見るしかなかった。担当の方々は断腸の思いだったろう。コキアの観覧は、土日には整理券を発行して、 密集を避けるとのこと、感染防止に配慮した公開をしている。

ひたち海浜公園のコキアです




2020.10.24 『GO TO トラベル』
新聞広告に旅行商品の広告ページがグッと増えた。10月24日からの東京都の対象追加で、商品のラインナップがすごい。 最大35パーセントの割引きに加えて、15%の地域クーポンが追加されるから、お得感がすごい。昨日のはとバスの予約率は ほとんど100%だったようだ。“待ってました”とばかりに市民が旅に出たいというニーズが爆発した感じだ。 実は、筆者はGO TOトラベルを既に活用した。宿泊のみの予約だったが、利用料に加えて地域クーポンがもらえ、 お土産代くらいが出る。ホテルの対応も感染対策に万全を期したもので、安心感が有った。ホテルのホスピタリティーが とても良く、もちろん食事や温泉なども最高の対応だった。この機会にGO TOトラベルを利用しない手は無い。 でも、この補助金制度、出どころは税金、ということえお考えると、複雑だ。


2020.10.23 『長崎の鐘』
朝の連続テレビドラマエール、戦時中に兵士を応援する戦歌を量産したことで、 敗戦後、若者たちを戦場に送った事に対する良心の呵責に悩む裕一。 今度は平和な時代の出発に当たって、敗戦後の社会を応援していく。 朝ドラには珍しい、戦場シーン、それも迫力ある映像が流れた。ドラマに挿入される曲は、戦後のヒット曲、国民の ほとんどが知っている歌が流れる。今、そのドラマのたいせつな部分、長崎の鐘の作曲までのシーンが放映さてれいる。 コロナの影響で、撮影ロケができなくなり、 放映が中断されていた。10月中旬から放送が開始され、11月末まで続く。昭和の歴史に輝くうたの数々があと1か月、 たくさん登場するだろう。楽しみだ。


2020.10.22 『石破さん』
石破茂さんが、自らの派閥会長を辞任する意向を固めたようだ。潔い決断に、武士道精神を感じる。 政治家と言えば、自ら起こした不祥事を認めず、裁判でも黙秘をしたり、保身に走る人が多い中、自らの身の引き方として、 総裁選で惨敗したことを理由にした決断には好感が持てる。石破さんと言えば、こわばった顏が怖い感じだったが、 近頃はバラエティー番組でいじられたりしている庶民派、との印象だ。 まだ62歳、政治力に関しては、その経歴が物語っている。来年また、総裁選があるので、辞任は少しもったいない。


2020.10.21 『近江商人』
江戸時代から明治時代にかけて活躍した近江商人、近江(現在の滋賀県)に本店を置き、全国各地で活躍した商人たちを言う。 ふとんの西川や、ワコールなど、近江商人がルーツだそうだ。その特徴は、何といっても、 三方よしの精神だ。 売り手よし、買い手よし、世間よしということで、3者に利益がある商売に心がけた。自分だけ儲かればいい、という考えではなく、 購入する人も喜び、それが社会がよくなることにつながる商売を基本として工夫した。 悪徳商法や、コンプライアンスに反する商売を行い、役員が頭を下げる企業に、爪の垢でも煎じて飲ませたい精神が貫かれている。


2020.10.20 『菅総理の外遊』
菅総理大臣が、昨日から総理就任後初の外遊に出た。奥様の姿を初めてテレビで見たが、何か伝統的な日本の妻、といった 感じの印象を受けた。前安倍総理夫人のように真横に立つこともなく、手をつなぐこともなく、華やかさは無いが、 個人的には、ご主人から一歩下がって、後ろに隠れるようにする姿勢に好感を持った。 何かと物議を醸した前総理夫人とは対極にあるような感じだ。菅総理は少しも後ろを振り返ることもなく、 勝手にタラップを降り、勝手に相手首脳と握手を交わす、こちらのほうは、ちょいと無神経さを感じた。 家の中でもあんな感じなんだろう、きっと。昔の男だったらそれでいいかもしれないが、 少なくとも、国際舞台での振る舞いだ。もう少し奥様をいたわる仕草が欲しい。


2020.10.19 『外部専門家の有識者会議』
有識者会議があちこちでつくられている。先日、世田谷区の住宅街で起きた道路の陥没事故、どうも環状7号線の トンネル掘削工事が原因ではないか、と思われているが、工事業者は、外部専門家の有識者会議を設けて原因の 究明をするようだ。最近、有識者会議なるものがいろんな場面でつくられる。それを印籠のように活用したのが、 コロナ対策の有識者会議だ。政府は有識者会議の結果、こう政策を決定しました。とはいうものの、 議事録はまともにつくられていないし、会議のメンバーから、そういう意見交換の結果ではなかった、といったことが 露呈することになった。中学校のいじめ問題の調査のための有識者会議を開催、教育委員会の瑕疵はなかったとの結論が、 裁判で覆される、などが有った。なんでもかんでも有識者会議と言えば、世間の信頼性が増す、と思うかもしれないが、 有識者として、どんなメンバーが出席しているかが問題だ。課題に対して利害関係のある人ばかりを集める会議だったら、 公平性を欠き、間違った結論が出る。


2020.10.18 『セレンディピティ』
2022年ノーベル科学賞を受賞した田中耕一さん、島津製作所の研究社員が一躍ノーベル賞を受賞したのは、 研究過程で試薬として使う薬品を間違えて投入したことが大きな発見につながったのだそうだ。今は事務所のどこにでもある付箋、 米国の住友3Mの社員が強力な接着剤を開発する過程で起きた失敗接着剤が、剥がしてもまた使える糊になってしまったことから、 大ヒットした。こういった偶然の産物をセレンティビティ発明というそうだ。 専門家が考えれば絶対にやらないことを、常識を覆す偶然の行動で新たな発見や発明に繋がることが多く有るそうだ。 しかし、この偶然も単なる偶然で終わらせることのない、洞察力が必要だ、という声もある。 偶然をいかにキャッチするかの心が大切ということだろうか。ボーっと生きていたんじゃ、セレンディピティは 過ぎ去ってしまう。


2020.10.17 『方言』
田舎にお墓参りで帰省した際、市の観光案内スポットに行ってみた。ここで思わぬ出会いがあった。 さまざまなパンフの中に、縦長の茶封筒、ここに『秋田の方言』と書いてあり、地元の観光案内をする方が手づくりで 制作している資料だった。自由に持ち帰りできるものだったので、1通いただいて来た。ここに、なんと昔懐かしい 方言が50音順に整理されている。ウンウン!と頷きながら読んだ。今は使われなくなった方言の数々、 こうやってことばの文化に愛着を持っている方がおられることに感心した。 田舎では今、若い人も美しい標準語だ。家が2世帯、3世帯だったら、ことばの文化が受け継がれるのだろうが、 大家族の人は珍しい、核家族社会、方言の文化は消えて行く。訛りに加えて、独特な表現は標準語のニュアンスでしか、 言い表せないものも有る。『いぶりがっこ』はメジャーになったが、燻り雅香という方言、たくあんの燻製、ということだ。


2020.10.16 『早起きは三文の…』
夏以来、朝5時に起きることにした。8月の真夏日のあたりには、朝のすがすがしい空気がたまらなく気持ちよく、 昇って来る太陽が神々しく見られた。しかし、今はまだ暗くて、少し冷えていて、真夏のような爽快感は少し足りない。 起きてすぐに動く習慣は若い頃からジョギングをしていた(今はやっていない)ので、朝は強いほうかもしれない。 朝のルーチンをやったあとで、静かなマイルームで本を読む時間が生まれた。炒れたてのコーヒーの香りが、 がたまらなく良い。朝早いと、1日が少し長く感じられる。夏に比べると、暗い分、少しおっくうな気持ちになりがちだが、 本を読んでいる最中に東側の出窓に見える朝陽は、1日のエネルギーを感じる。朝のルーチンのもうひとつ、 6時半のラジオ体操が始まるまで本が読める。早起きは3文の得を実感している。


2020.10.15 『PANKO』
パン粉が国際語だったとは…。知らなかった。昨夜のNHK-TV『試してガッテン』で放映された内容だ。 パン粉、その機能を追求する姿勢の中から、日本のPANKOが世界の共通語になったことを知った。 せいぜい、パン屋さんの出荷できなくなった製品を活用してつくっていると思っていた筆者は、パン粉メーカーが 有ることや、そこでパンをわざわざ焼いて、砕いて製品をつくっていること、用途別にさまざまな種類が有ること、 冷めてもサクサクのフライにするために研究したパン粉などなど。パン粉の科学と言ったほうがいい番組だった。 とんかつ、コロッケなどのフライとか、ハンバーグのつなぎに入れることしか知らなかったが、この番組で 知った活用法、さっそくクッキングで試してみたくなった。


2020.10.14 『今日は鉄道の日』
明治5年(1872年)10月14日、新橋〜横浜間に日本で最初の鉄道が開通したことを受けて、 平成6年、その誕生と発展を記念し、毎年10月14日を「鉄道の日」と定めました。 鉄道が国民に広く愛され、その役割についての理解と関心がより深まることを願い、国土交通省が定めた日だ。 各地でさまざまなイベントを実施しているが、今年はコロナ禍で自粛ムードだという。 鉄道ファンが多いが、最近では鉄道ファンのお笑いタレントなどが、駅や電車の放送を真似したり、鉄道に関するラジオ番組 などが放送されている。平成6年(1994年)までは、鉄道記念日と呼んでいたが、これだと、JRグループ色が強いというので、 鉄道に日という名称に改められ、すべての鉄道関係者が祝う日と改められた。


2020.10.13 『論語と算盤』
渋沢栄一が執筆した「論語と算盤」を読み始めた。次回の大河ドラマ第60作めが、渋沢栄一の業績を描いた「晴天を衝け」 となったこと、2024年に発行される、新1万円札の人物が、福沢諭吉から渋沢栄一に代わることから、 にわかに興味を持った次第だ。渋沢栄一については、もともと興味が有った人物だが、執筆した本は読んでいなかった。 図書館に行って探したら、現代語訳の2分冊を借りられた。読み進むうちに、論語の魅力と、渋沢の人物像が浮き彫りになり、 何とも言えないすがすがしい気持ちにさせられた。“もっと若いうちに読んでおきたかった”と思ったが、 孔子は、「過ぎたるは及ばざるが如し」と言っているので、これな叶わない。せめて自分の子どもたち、 孫の世代に伝えていかなくっちゃ、と思った。今から100年近く前に活躍した渋沢の考え方から、身のこなし方が 今でも全く色褪せていない。むしろ今の政治家や経営者の私服を肥やす人たちに、爪の垢を煎じて飲ませたいことがいっぱい 書いてある。そういった意味でも新作大河ドラマの描き方に期待したい。


2020.10.12 『ネップリ』
新しい言葉がはやりだした。ネットプリント、を略してネップリだそうだ。要は、スマホやパソコンを駆使して制作した ものを、コンビニの多機能プリンターで印刷することを言うらしい。そういえば、先日、孫の誕生日に、『誕生日新聞』 というものをつくってあげた。パソコンから写真や、文言を入力すると、誕生日新聞を編集してくれ、コンビニで 300円を支払えば、その新聞をプリントアウトでき、これを孫に誕生日プレゼントであげられる、というものだ。 なんだ、もうネップリしてたんだ。と思った。自分のラベルやら、お絵かきの作品やら、家庭でプリントできないものが、 コンビニのサービスに加わったから、これからさまざまなネップリのサービスが展開されるだろう。


2020.10.11 『草薙剛のパンツ広告』
草薙剛が出演するパンツの広告、テレビ放映を見て、ドキっとした。この広告の制作にあたっては、出演する本人はもちろん、 監督、撮影スタッフ全員がこのパンツを着用して挑んだそうだ。なかなかコマーシャルしにくいアイテムに、人気タレントを 起用したのは、アタリかもしれない。商品機能そのものがあまり、人には話せないものであり、密かに個人レベルで悩んだりして いる人が居るだろう。筆者も、“お歳ごろ”になり、該当する節がある。これをサラっとコメントしてしまうところが、 仕上がりとして好感度が高い。世の中、高齢者がどんどん増えて、若い人にはわからない、さまざまな身体の現象が、 その年齢にならないとわからないのだ。そこにフィットした衛生用品、メーカーさん、なかなかやる!


2020.10.10 『酢の力』
お酢のメーカー、Mizkan(ミツカン)が 酢の力 キャンペーンを展開している。塩分を控えめにするため、酢を活用する人が多い。筆者も煮物や炒めものに、隠し味として 酢を良くつかう。酢は昔から身体に良いとされてきたが、内蔵脂肪が減少することや、高めの血圧を低下することが、このところ クローズアップされている。マヨネーズやドレッシングなどは、酢が多用されているが、サラダなどにも、ドレッシングに加えて、 甘酢やレモン汁などを使うと風味が増す。ポン酢しょうゆなどもクッキングの味付け素材として上手に使うと、 いい味を出してくれる。炒めものにポン酢などは、口あたりの良いものに仕上がる。酢の力キャンペーンでは、毎日大さじ1杯の 食酢を摂るとその効果が絶大だとPRしている。


2020.10.9 『きんもくせい』
庭にきんもくせいが香っている。今年は花の付きが良く、香りも強い。周囲のあちこちから漂って来る。隣家 の巨大きんもくせいの樹は、全体が黄金色になるほどの見事な色だ。コロナ禍でも、植物は淡々と自分の成せることを、 その時期になったら表現している。 昨日のニュースで、福島の那須岳の紅葉が放映されていた。ななかまどの紅が見事だった。 紅葉はこれから南下、山の上から市街地に降りて来る。少しずつ冷えて来て、空気も澄んで来るから、楽しみが増える。
写真は、我が家の小さなきんもくの樹越しの秋晴れ。

きんもくせいの花です




2020.10.8 『オンライン〇〇』
コロナ禍で、オンラインで済ます行動が多い。一体、インターネットが無かったらどうなっていたんだろう、と思うことしきりだ。 オンライン会議、オンライン帰省、オンライン飲み会、オンライン議会、オンライン文化祭、オンラインコンサート、オンライン美術館……などなど、 ネット上で行う、社会、経済、文化、政治などのアクティビティの数々。これにスッとついて行ける人、抵抗感だけの人、 いろいろ居るが、世の中が変わってしまったから変化は免れない。自分の頭の中や行動様式に革命を起こさなければならない。 今まで、人と人が肌のぬくもり、その場の空気間を感じながらやって来たことを、バーチャルに実現するわけだから、 さまざまなことをわきまえながら、行動様式を変えないと大変なことになってしまう。オンライン飲み会などは、 終電が無いから、だらだらと長くやってしまうし、飲み屋で隣り合った面白い人と偶然に出会うチャンスなど無い。 ますますオンライン〇〇が増えるだろう。バーチャルな雰囲気に慣れきってしまうのも怖いものが有る。


2020.10.7 『ディーケンさん亡くなる』
9月7日、上智大学名誉教授のアルフォンス・ディーケンさんが亡くなった。85歳だった。彼を初めて知ったのは、 20年ほど前、都内の講演会でスピーチを聞いた時だった。ドイツ人だが、流ちょうな日本語でウィットに富んだ口調に、 一気にグイグイ心を惹きつけられた。 ドイツで生まれ、1959年(昭和34年)に来日、日本に『死生学』を根付かせた人だ。死をタブー視せず、そこを見つめた 人生の組み立てを熱っぽく説くお話しは、多くの聴衆の心を捉え、死生学が学問として日本に根付いた。 年齢には、物理的年齢、体力年齢、精神年齢が有ると説き、体力年齢も、精神年齢も物理的年齢を遅くさせたり、早くさせたり できる、そのための生き方、QOL(Quality Of Life)が大事、と聞いた時、自身の生き方を深く考えるきっかけになった。


2020.10.6 『1か月のあいだみつを』
1か月にわたって、あいだみつをさんの珠玉の詞を4冊の出版物からの出典で掲載させていただいた。 筆者自身の生き方、暮らしぶり、家族や他人との向き合い方などを改めて考えさせてくれた。 どの詞も、短いことばで心にグサっと突き刺さって来るが、痛い、とは思わない、 すがすがしい風の流れが、心の隙間をス〜っと吹いて行く心持になれる。 それにしても、人間のことを良く観察し、よく理解しているなぁ、と感心する。 それぞれの詞を、日ごろ起こっている社会現象に照らし合わせてみると、なるほどそこが欠けているからこうなのか、 とか、あの時にここをわかっていれば、そうはならなかったんだよな、とか、あの人に 読ませてあげたい、と思えることもいっぱいだ。おっと、その前に自身の心の底を洗い流してからにしないと。


2020.10.5 『ごまかし』
検事や
裁判官は
ごまかせても
佛の目は
ごまかせぬ

  出典 ダイヤモンド社 いまからここから 2003年8月発行


2020.10.4 『坂道』
坂道へきたら
思いきってゆっくり
やすむことですよ
坂道で
むりをすると
息が
きれます

  出典 ダイヤモンド社 いまからここから 2003年8月発行


2020.10.3 『仕事』
どろを
かぶらずに
ほんもの
の仕事はできぬ

  出典 ダイヤモンド社 いまからここから 2003年8月発行


2020.10.2 『めぐりあい』
生きていて
よかった
生かされてきて
よかった
あなたに
めぐり
逢えたから

  出典 ダイヤモンド社 いまからここから 2003年8月発行


2020.10.1 『ふりかえる』
うしろを
ふりかえると
勇気が
くじける
わき見をすると
他人のことが
気になる

  出典 ダイヤモンド社 いまからここから 2003年8月発行


2020.9.30 『人のこと』
アノネ
よくかんがえて
ごらん
ひとのこと
いってるときの
自分というものはね
具体的には
なんにもして
ねんだよな

  出典 ダイヤモンド社 いまからここから 2003年8月発行


2020.9.29 『馴れ』
馴れるな
馴れるな
一生馴れるな
馴れると
感動がなくなってしまう
感動がなくなったら
人生はおしまいだ

馴れほどこわいものはない
いつも初めて
いつも初心

何回同じことをやっても
今日が初めて
初めてだから
緊張で身体がふるえる
ふるえていいのだ
初心だからふるえるのが
あたりまえなのだ

  出典 ダイヤモンド社 いまからここから 2003年8月発行


2020.9.28 『雑草』
どんな雑草でも
時期がくれば
だまって
自分の花を
咲かせ自分の
実をつける

  出典 ダイヤモンド社 いまからここから 2003年8月発行


2020.9.27 『今日の一日』
わたしは
今日の一日を
仕事に
生きたろうか

  出典 ダイヤモンド社 いまからここから 2003年8月発行


2020.9.26 『自我の根』
いくら聞いても
なかなか身に
つかない
佛の教え
切っても押さえても
すぐのびてくる
自我の根
人のことじゃない
じぶんのことです

  出典 ダイヤモンド社 いまからここから 2003年8月発行


2020.9.25 『自己顕示』
自己顕示
自己嫌悪
わたしの
こころの
うらおもて

  出典:ダイヤモンド社 おかげさん 2004年1月


2020.9.24 『人の為』
人の為
と書いて
いつわり
と読むんだ
ねえ

  出典:ダイヤモンド社 おかげさん 2004年1月


2020.9.23 『瀧つぼ』
うず巻いて
にごらない
瀧つぼの水

  出典:ダイヤモンド社 おかげさん 2004年1月



2020.9.22 『にんげんだもの』
七転八倒
つまづいたり
ころんだり
するほうが
自然なんだな
にんげんだ
もの

  出典:ダイヤモンド社 おかげさん 2004年1月


2020.9.21 『本腰』
おなじやるなら
本腰入れて
やってごらん
そのほうがつかれないで
たのしいから

  出典:ダイヤモンド社 いのちいっぱい 2003年6月発行


2020.9.20 『一番だいじな』
どうでも
いいものは
どうでもいいんだよ
いちばん
大事なことに
一番大事な
いのちを
かけてゆくことだ

  出典:ダイヤモンド社 いのちいっぱい 2003年6月発行


2020.9.19 『ひとり』
ひとりに
なりたい
ひとりは
さびしい

  出典:ダイヤモンド社 いのちいっぱい 2003年6月発行


2020.9.18 『道』
歩くから
道になる
歩かなければ草が生える

  出典:ダイヤモンド社 いのちいっぱい 2003年6月発行


2020.9.17 『泣けばいい』
強がりなんか
いうことないよ
やせがまんなど
することないよ
だれにえんりょが
いるもんか
声をかぎりに
泣くがいい
ただひたすらに
泣けばいい

   出典:ダイヤモンド社 いのちいっぱい 2003年6月発行


2020.9.16 『無常』
因も変り
縁も変る
なにもかも
みんな変って
ゆくんだね
人間関係も
変ってゆく
世の中
無常だから

   出典:ダイヤモンド社 いのちいっぱい 2003年6月発行


2020.9.15 『体験』
体験して
はじめて
身につくんだ
なあ

   出典:あいだみつを美術館 日めくりカレンダー  1993年11月発行


2020.9.14 『かけひき』
花には人間のような
かけひきがないからいい
ただ咲いて
ただ散って
ゆくからいい
ただになれない
人間のわたし

  出典:あいだみつを美術館 日めくりカレンダー  1993年11月発行


2020.9.13 『おせっかい』
親切という名の
おせっかい
そっとしておく
おもいやり

 出典:あいだみつを美術館 日めくりカレンダー  1993年11月発行  


2020.9.12 『あんなにしてやったのに』
あんなにして
やったのに
「のに」がつくと
ぐちが出る

出典:あいだみつを美術館 日めくりカレンダー  1993年11月発行


2020.9.11 『人生の的』
ふたつあったら
まようよ
ひとつなら
まよいようが
ない
人生の的は
ひとつがいい

  出典:角川文庫 いちずに一本道いちずに一ツ事 2007年5月発行


2020.9.10 『いまここに』
いまここに
だれとも
くらべない
はだかのにんげん
わたしが
います

  出展:あいだみつを美術館 日めくりカレンダー  1993年11月発行


2020.9.9 『ただいるだけで 』
あなたがそこに
ただいるだけで
その場の空気が
あかるくなる
あなたがそこに
ただいるだけで
みんなのこころが
やすらぐ
そんなあなたにわたしも
なりたい

  出典:角川文庫 いちずに一本道いちずに一ツ事 2007年5月発行 


2020.9.8 『そんかとくか』
そんかとくか
人間のものさし
うそか
まことか
佛さまの
ものさし

  出典:ダイヤモンド社「おかげさん」(軽装版) 2004年2月発行


2020.9.7 『あたまじゃ… 』
あたまじゃ
わかって
いるんだが

  出典:ダイヤモンド社「おかげさん」(軽装版) 2004年2月発行


2020.9.6 『いのちいっぱい』
筆者の好きな、あいだみつおさんの書に有ることばだ。東京・有楽町の駅前にある国際フォーラムというビルの中に、 美術館が有り、息子さんが館長をしている。そこは、心のよりどころとなるような、彼の書を企画展としてさまざまな展示方法で 来館者に見せてくれる。筆者もときおり訪問するが、今は電車に乗って東京に行くのが怖いので、しばらく行っていない。 彼の書を見ていると、ほんとうに心が洗われて、いろいろとまとわりついている俗世間の嫌な事柄が、す〜〜〜っと流されるような、 爽やかな心地になってしまう。中学生くらいから年配の方々までそれぞれの思いで鑑賞している姿が有る。 多くの書籍も出版されているが、その中から筆者が選ぶ珠玉の書を今日から紹介したい。 筆者の余計なコメントなど入れず、書に書いてあることと、出典のみを掲載させていただきたい。

いのちあるかぎりは
いのちいっぱいに
生きてゆかむと
朝の筆持つ


   出典:ダイヤモンド社「いのちいっぱい」(軽装版) 2003年6月発行


2020.9.5 『GO TO EAT』
飲食店を支援するゴーツーイートキャンペーンが始まる。農林水産省主導で行われるこのキャンペーンは、 来年3月まで実施されるようだ。飲食店を支援するだけでなく、食材を提供する農家、それを運搬する物流業者、 チラシなどを制作する企画会社、さまざまな業種が本業で活性化していくことは、いいことだ。 飲食店にお金で支援するよりも、こういった頭を使った支援施策で、全体の最適化を求める施策は歓迎するところだ。


2020.9.4 『マイナポイント』
マイナポイントの登録をした。9月1日から3月末までに、登録をしたクレジット会社から買い物をした場合、 最大5千円がポイント還元される仕組みだ。ポイント、ポイント、と客を囲い込む最近の商法には辟易している。 そうは言いながら、財布には、お店のポイントカードが数十枚、どうせ買うなら、 とそのポイントカードが使える店に行く。 そのポイントカードの店の売り出しに合わせてプレミアムポイントをもらおうとして、 その日に出かける。辟易しながらも、すっかりポイント商法に毒されている筆者だ。マイナポイントは、 還元率が25%だから大きい。5千円のために?、とは思いながらマイナポイントにエントリーした。 因みに、今使っているクレジットカードのポイントは、2重どりもできるメリットの大きいカード。 1年で1万2千ポイントにもなり、先日そのポイントでネットショッピングした。カードを使ったら、どこの店で 使っても利用料の1%が還元される。お店のポイントもしっかりそこで別にもらえる。


2020.9.3 『奪い合えば足らぬ』
あいだみつをさんは、

  うばいあえば 足らぬ
  わけあえば 余る
  うばいあえば 戦争
  わけ合えば 平和

と書にした。マスクやトイレットペーパーを奪い合ったシーンが蘇る。前述の詞は、それを鋭く突いている。 今、マスクやトイレットペーパーや消毒薬が誰でも買えるようになった。みんながそのことをわかっていれば、 国が役にも立たないマスクを、税金を使って国民全員に配る、など必要なかったはずだ。 政府は、何故みんなが奪い合わない方策を考えないで、簡単にお金を使って配るようなことをしたのだろう。 お役人の知恵と見識を疑う。奪い合うから、手に入れられない人が、ネットで高額で手に入れようとする。この機会にネットで 金儲けに走る人を抑制しよう、と転売禁止令が出たりする。奪い合わないで、右往左往しないで、 冷静にみんなで知恵を出し合うことを何故しないのだろう。それは、自分さえよければ、というエゴだ。 行き過ぎた自国主義で、自国のみ守ろうとするエゴだ。間もなく完成するであろうワクチンも、各国の囲い込みが始まっている。 武器を使うかどうかは別にして、戦争まで発展しなければいいのだが。


2020.9.2 『防災の日』
昨日は防災の日だった。毎年毎年、この防災の日のコラムを書いている。去年は、災害の多様化と、防災意識の高揚について書いた。 天候のサイクルが例年通りとならず、今までの経験が役に立たない、予測つかない変化をすることで、 突発的な災害が多く発生している。地球環境の変化ではないか、と言われているが、まさしく気候変動によるものだ。 その原因は、われわれ人間が自らつくり出している。経済発展優位で、環境を考えずに進んで来た歴史だ。 気候変動に関する会議や条約が幾度となくつくられても、バラ色の夢は描くが、誰もそれを実現できないものばかり。 会議や条約では、成果を出すための美しい言葉の羅列で幕を引く。しかし、各国が実際の場面で実現できない、 夢物語が多く、目標をつくる→実現不可能→その上で目標をつくる→しかしできない理由多し、という繰り返しだ。 加えて、自国第一主義のエゴが台頭、みんなの足並みが乱れる。アメリカの例がその代表だ。 防災の観点からも、災害が起こってから“こうしよう”と考えるのではなく、災害が起こらないような 暮らしぶりにしよう、という予防措置も大事だ。


2020.9.1 『さよなら豊島園』
8月31日で、94年の歴史に幕を下ろした豊島園。残念ながら入園したことは無いが、今で言うテーマパークの草分け「豊島園」 が閉園した。昭和のレジャーのメッカだった(そうだ)。これに合わせ、8月30日の朝刊には、 センスの良い広告が掲載された。32面有る紙面の16面と17面の真ん中見開き2面を使った広告だった。 ちばてつや さんの「あしたのジョー」のラストシーン。主人公の矢吹丈が世界チャンピオンのホセ・メンドーサと戦い終わったあと、 真っ白に燃え尽きた場面のカット、何とも言えない爽やかさを感じた。この広告は地元から愛され続けてきた遊園地が、 ラストスパートへ向かう心境を描いたものらしい。twitter上でも注目をあつめたようだ。 「長い間お疲れさまでした、いつの日か再び…」などの反応が寄せられたという。ゴテゴテした写真や上辺だけの コピーライティング無しの上品な広告だった。もっとも、何も解説が無いから、豊島園の閉演のことを知らない人には、 何の広告だかわからないかもしれない。8月31日に閉演だったのだが、この広告が出た30日は、豊島園にとって最後の 日曜日、タイミングも絶妙だ。この心にくき企画誰が思いついたのだろう?


2020.8.31 『野菜の日』
8月31日、明日から9月だ。語呂合わせ“ヤサイ”、今日は野菜の日だ。全国青果物商業協同組合連合会などが、「野菜のことを もっと知って欲しい」、「野菜をたくさん食べて欲しい」ということで制定したそうだ。これに合わせて、マヨネーズメーカー や、野菜メーカーや農業団体などがキャンペーンを展開する。 野菜の摂取と免疫機能は密接に関係しているという。野菜の繊維を多く摂ることにより、胃腸の働きが活発になるという。 日本人の野菜摂取量は、目標1日350Gに対し、平均60G不足しているという。野菜を購入するだけでなく、 自身で家庭菜園を始める人が増えているという。楽しみながらおいしい野菜を食べようという指向が高いことも報告 されている。筆者も野菜づくりを趣味としており、必要な野菜は無農薬有機栽培で自給、路地物の季節の野菜と、 それを使ったクッキングを楽しんでいる。


2020.8.30 『間のとりかた』
間、“ま”と読む。日本の文化の独特のものがこの間だと思っている。茶道では、亭主と客人の独特の間が茶席の善し悪しに 関係する。程よい間は、気持ちの良さにも通じる。音楽の間は、それぞれのアーチストの持つ独特の間で個性がきらりと光る。 同じ曲で同じテンポでも、指揮者のタクトの降り方で曲想が変わる。司会者の間が悪ければ、間の抜けた司会者、ということになる。 お笑い芸人の独特の間は、そのネタの面白さにつながる。間の取り方ですごい、と思うのは、落語家の噺方だ。 落語は、噺の内容も有るが、間の持つ効果が面白さにつながる。その、間の取り方で、楽しくなったり、激しくなったり、 物静かになったりする。小説などでも、言葉の運びで間を感じさせ、 行間からにじみ出る作者の意図を感じたりする。間はたいせつなものだが、コロナ禍は、間を空けたり縮めたりすることを タブーにしてしまった。間を離させて、均一にして、画一的な様式にしてしまった。ある意味文化が廃れたと言っても良い。 新しい間は生まれるのだろうか。


2020.8.29 『会う・触る・近寄る』
会うこと、触ること、近寄ること、これは人間が相手とのコミュニケーションを深めるための大切な行為だった。 今はそれができない。リモートで行うにしても。体温が感じられないじれったさを感じる。この半年で、今まで築きあげて 来た人間の良い文化の転換を余儀なくされて来たが、ある程度まで代替手段でオキカエ出来て来た。 もし、インターネットというメディアが無かったら、ここまでのことはできなかったであろう。 いやいや、無くてもそこで知恵を出すのが人間、という見方もあるかもしれないが。 この、基本的な人間の営みは戻って来ることがあるだろうか、というづ案がつきまとう。 仮にワクチンができたとしても、それは完璧ではないし、供給量の問題も有る。 界中で、この争奪戦がもしかして戦争に発展することもあるかもしれない。 カネと権力がここにも見え隠れする。 見にくい、人間のエゴが差別や格差を増長するかもしれない。 知恵を出し、地球規模でこの問題を考えたいが、自国主義というエゴが許さないだろう。


2020.8.28 『ホテルの感染対策』
感染対策と言えば、3密を避けるということで、ソーシャルディスタンス・マスク・手指の消毒・換気などいつもやっているが、 先日利用したホテルの対応は充実していた。まず入り口で非接触体温計で測定、フロントはアクリル板で遮蔽、使うボールペンは、 使ったら使用済みのペントレイに入れる、ビュッフェで料理を取る時はマスクをして、使い捨ての手袋をして、トングーではなく、 割り箸で取って使い終わったら捨てる、テーブルの上にマスクホルダー、浴室の脱衣ロッカーは一つ置きに使えない、 朝食のビュッフェが嫌な人には、部屋配達の朝食弁当など想像以上の対策をしていた。 もし、ホテルからクラスタが出たり、利用者が感染していたら営業できなくなってしまうので、慎重だ。 こういった対応があって、安心して利用できるわけだ。


2020.8.27 『GOTO トラベルキャンペーン』
7月22日のキャンペーン開始に当たって、政治的な思惑で東京都が梯子を外され、直前になって実施対象から外された。 人口が多い東京都が外れたことによって、東京都民への恩恵、東京都内の観光・旅行が対象外になった。実施にあたっては、 いろいろ紆余曲折はあったが、実施1か月で結構な経済効果が見込めたようだ。 実は筆者は夏の避暑旅行で宿を予約したが、GOTOキャンペーンの対象だったようで、利用料の35パーセントが安くなった。 当初は利用者が申請する方式だったが、最終的には業者が申請することで落ち着いたので、利用者は割引きされた金額を 支払えば良いことになった。何で、国の事務局は最初からそういう合理的な方法を考えず、申請業務の委託先のことで 国会で揉めたりしたのか、官僚の方々の見識を疑うが、ともあれ、筆者は具体的なメリットが有ったので、 あまり詮索するのは止めよう。この補助金、実は我々の税金が充てられているのだから、痛し痒しだ。 昨日の発表では、東京都も対象に入れるように、状況を見て判断、ということだった。流れからして政治的な行為だ。


2020.8.26 『26日は風呂の日』
26に語呂合わせして、風呂の日としている日帰り温泉、立ち寄り温泉が多い。この日には、料金の割引きだったり、 浴槽に香りのある入浴剤を入れたり、食事処で特別メニューが出たり、さまざまなサービスを行うところが多い。 最近の立ち寄り湯は、浴槽がただのバスタブではなく、ジェット風呂、打たせ湯、電気マッサージ湯、炭酸泉、寝湯、 スチームサウナなど、さまざまな機能が完備され、来場者を楽しませてくれる。道の駅などに日帰り湯が隣接している ところも有り、ドライブの途中で一息、というところもある。何といっても、風呂上りの生ビールをキューっとやるのが 最高なのだが、道の駅などではそういうわけには行かない。筆者は、ときどき旅先の道の駅で車中泊、風呂に入って、 食事処で生ビールを飲んで、そのまま寝て朝を迎える、最高のひと時をエンジョイすることもある。


2020.8.25 『白菜』
毎年、白菜の種を8月18日に蒔く、と決めている。白菜の種薪は、お盆を過ぎて、少し朝夕が涼しくなって、 外気温が24度〜25度になれば芽が出やすいとされる。しかし、今年は連日30度を大きく超える猛暑、朝夕もなかなか気温が 下がらない。しかし、ほぼこの時期に蒔かないと、収穫までの生育が心配。結局8月19日にポット蒔きにした。 蒔いて5日、ほぼ芽が出てひと安心。2枚の幼葉が出て、これから少しづつ伸びてくれるだろう。高さ10センチくらいになったら 定植するが、この先の気候がどうなるかも気になるところだ。7月は日照不足で野菜価格が高騰、8月は猛暑で、 またまた高騰している。とにかく、野菜づくりは天候が勝負、なかなか思い通りになってくれない自然現象だ。 例年の気候通りになってくれないと、害虫の発生などにも影響してくるから、気を遣うことが多い。 白菜は、順調に生育してくれれば、11月末から1月あたりまで、食卓を賑わしてくれることだろう。


2020.8.24 『スマホデビュー』
ガラ系の携帯からスマホに、今日が筆者のスマホデビュー日だ。筆者がスマホを持っていない、というと周囲の人は「え〜〜〜〜っ?」 と驚く。実は必要に迫られなかった。パソコンを使いこなしていたので、携帯に求めるのは、検索でもゲームでもなく、 電話ができること、メールができることの機能が有れば十分だったから、必要に迫られていなかった。 しかし、ここに来て、コロナの感染情報だの災害時の情報享受だの、行政サービスがスマホ中心になって来たり、 いよいよ無いと困るようなケースが増えて来た。昨日、思い切ってDOCOMOショップに行ってスマホに変えて来た。 おかげで、今日は夜まで設定作業で費やされた。金額面では、今までよりも、月2千円ほど高くなるが、 災害などから自分を守るための経費だと思えば安いもんだ。慣れるまで、しばらく格闘するだろう。 間違ってもスマホに使われるような暮らしぶりにはしたくない。(実は、利便性に慣れてくればそういう暮らしに なるのでは、と恐れている)


2020.8.23 『バンクシー』
バンクシーという正体不明の芸術家が、倉庫や地下鉄などにねずみを使った風刺画を残し、社会の興味をひいている。 覆面芸術家とも言われ、絶対に顔を出さず、ナゾに包まれているのが、何ともミステリーで想像を掻き立てる。 英国生まれの40歳くらいの男性ではないか、などの話があるが、定かではない。日本でも似たような絵がふ頭の コンクリートに描かれていたり、地下鉄の車両に描かれていたりしたが、どうも贋作ではないか、という噂だ。 本物を知らないから、偽物かどうかの見分けも良くわからないのだが。


2020.8.22 『仕法』
「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」という金言を残したのは、二宮尊徳(1787-1856)。 今はほとんど見ないが。1945年以前につくられた小学校のグラウンドや中庭には、薪を背負いながら 勉学する二宮金次郎の像が建っていた。この金次郎が農家で働きながら苦労して学んだことを活かし、 24歳で小田原藩に召し抱えられ、 勤勉と倹約とをもって農村の立て直しの功を上げ、尊徳と名乗ったことは有名な話だ。 先の金言は、今の時代にあって、少しチクっとする言葉だ。また、「知恵があっても学があっても、 至誠と実行がなければ、事は起こらない」とも言っている。尊徳の思想のもとになったのは、報徳という概念。 「万物にはすべての良い点(徳)があり、それを活用する(報いる)」という考え方で、尊徳の子孫や弟子 たちに受け継がれ、その後の昭和史に残る経営者に大きな影響を与えたと言われている。
神奈川県小田原市には報徳博物館がある。


2020.8.21 『第二波』
感染症学会の会長が講演会で、『新型コロナの感染が第二波になっている』という発言をしたが、政府はそれを認めない。 医療現場がひっ迫していることは、各地の医療関係者が8月初めから力説しているが、政府はあまり警戒感を示さず、 具体的な対策を取っていない。専門家会議のメンバーでもある感染症学会の会長が、何故、敢えて第二波という発言をするのか、 良く考えて欲しい。各県知事は、無策の政府に替わって、経験値が無い、このウィルスに対する施策を試行錯誤している。 自治体の仕事は前例主義、しかし、ウイルス対策は、今まで誰もやったことが無い、未知の世界。 自治体の知恵の出し方で施策が問われる。それにしても、次々に予想を覆すこのウィルス、その正体が不気味だ。


2020.8.20 『夏野菜』
7月は日照が少なく、野菜の高騰が続いた。8月になって連日の猛暑、我が家の畑は2週間以上雨が降っていない。 畑は土がガチンガチンになるくらい乾いているが、トマト・きゅうり・ピーマン・ナス・モロヘイア・オクラ、 などの夏野菜が豊富に収穫できる。夏野菜はミネラル豊富で、他の栄養価も高い。夏野菜を食べると、風邪をひかない、 ともいう。取れる野菜を使ったメニューを考えるのもまた楽しいものだ。

2020夏野菜です




2020.8.19 『秋の気配』
連日の猛暑、さすがに夜の気温が30度以上も有ると、身体のほうが参ってしまう。最近流行りの、水を含ませて振ると冷える タオル(名前、何て言うんでしたっけ?)、これに氷を3粒くらい巻いて首筋やおでこに巻いておくと、最高に気持ちが良い。 15分くらい持つから、熱中症予防には良い。
昨日栗の木の下を通ったら、3粒の実が入ったイガが落ちていた。 周囲は暑いが、一気に秋を感じた。早生の栗かもしれないが、秋の気配が確実に、そこまで来ているのを関じた。 朝夕が涼しくなるのも間もなくだろう。暑いのは嫌だが、豪雨などは命の危険があるからもっと嫌だ。 秋は台風が発生し易い。災害などが無ければいいのだが。


2020.5.8.18 『節目』
筆者は8年前に仕事をリタイア、それ以降は一切の仕事をせず、いわゆる年金暮らしだ。何とか食いつないでいる。 60歳まで蓄えて来た人の縁、趣味の幅、これからやりたいことなど、家族の理解を得て、好きなことに打ち込んで来た。 60歳の節目は、会社人間から社会人間への転換だった。 今年夏、妻が30年間勤めたパートの仕事をリタイアした。彼女も節目を迎え、これからの新しい暮らしが始まった。 妻のリタイアは筆者の行動様式にも少し影響が有った。今までは、彼女が帰って来るまでに夕食をつくり、帰るなり、 『夕食にする?風呂にする?』と聞いていた。おかげで、 クッキングの腕は相当(?)上がったと自負。 ネット上でもクッキング情報を交換する人が増えた。
妻の節目を期に、筆者も新たなことを始めたい意欲が生まれた。互いの生き方を干渉せず、それぞれの行動様式を尊重しながら 古希という新しい節目に向かって行きたい。もちろん、前提として、身体のメンテナンスと健康維持が最大の課題だ。


2020.8.17 『聖なるものへの畏怖の念』
今の日本には、ほとんどの人が、自分以外の、何か大いなるものの存在を信じなくなり、 目に見えない聖なるものへの畏怖の念を、まったく失っているのではないかと思われる。
畏れる心とはただ恐ろしがることではない。敬い畏れるのである。目に見えない聖なるものに、 常に自分の心のあり方や行いのすべてが見られているのだという、心の慎ましさを失ってしまったのである。 昔の日本人は、路傍のささやかな雑草にも、草の露にも、神仏が宿ると考えていた。一粒の米にも仏が いますと教えられた。太陽や月や星の運行にも、聖なるものの神秘的な力を感じとっていた。 物質万能、金銭全能の人間に成り下がったのは、誰のせいだろうか。
家庭でも学校でも、知識だけを尊重し、知恵の深さをないがしろにして来たからではないだろうか。 他者の痛みを想像できない魂を持った人間は、どんなに知識を詰め込んでも、所詮、ロボット同然にすぎないのでは あるまいか。『瀬戸内寂聴「切に生きる」から』
宗教心を持たない日本人のことを、欧米の人は、日本人は何を心のよりどころにして生きているか、不思議に思っている。 高度経済成長〜核家族化の波で、今の日本社会が変容して来た。家族で生きることを引き裂き、経済を優先にした 国の施策がそうさせてしまった。たぶん、もう昔には戻れないだろう。しかし、大災害などで助け合って立ち上がる姿などに まだ日本人のDNAが残されている。『お天道様が見ているよ』の教えまでは戻れないかもしれないが、 立ち止まることはできる。ロボット同然の文化を変えられるぎりぎりのところに居そうな気がする。


2020.8.16 『人生の転機』
人生の転機というのは、生涯に、繰り返し訪れるもののようです。その転機は決して誘ってくるものではなく、 願って訪れるものでもないようです。突然、雷のように落ちて来ることもあれば、霧のように足音もなくいつのまにか、 ひしひしと自分を取り巻いていて、ある日ふと、その濃さに気づいた時、それを転機として捉えるのではないでしょうか。 常に心が緊張し、神経を研ぎ澄ましていなければ、いくら転機がサインをよこしてくれても、それに気づかないで 見逃してしまうこともあるでしょう。『瀬戸内寂聴「切に生きる」:扶桑社 から』
確かに、今まで何度も“転機”というものが有った。転機によって、これからの路が方向づけられ、今の自分が居る。 転機を求めて彷徨うこともあれば、偶然の出会いや経験が転機になったこともあった。たぶん、気が付かないうちに 転機を見逃していたことも有っただろう。高いアンテナ、感度の良いアンテナを備えておくことは、転機に限らず、 必要なことだが、このアンテナが雑音ばかり拾うこともある。捉えた微弱電波でも、しっかり増幅する回路もまた 重要になるようだ。


2020.8.15 『終戦記念日』
戦争終結から75年たち、いささか平和ボケの我が国だ。周辺国との軍事的な争いごとが無いことで、国を護るという意識 が程遠い私たちの暮らしだ。毎年この時期になると原爆を考えたり、戦争体験の特集番組が流れたり、 追悼ドラマが放映されたりする。日本の未来は、日本だけでは考えられない部分があることは、 たぶんみんなわかっていることだと思うが、国防の観点からすれば、あまりにもアメリカの親分の袖の下に隠れていて、 自力では非力だ。 国会などで国防の話が少し出るが、野党などは論外と言わんばかりに議論に参加しない。防衛しなければならない状況を 創らなければいいのだろう、とは思うが、北朝鮮のように、どっちを向いて何を考えているかわからない国が、 突然喧嘩を売って来る事態も想定できるし、中国のように争いごとを吹っかけて来る場合もある。違う民族は違った価値観で 物事を考える、ということを肝に銘じなければ。そのための準備とは、防衛費を増やして過度な装備を増やすことではない。 国の外交交渉力の強化、周辺国との協調、他の国々から尊敬される国の運営のことだ。


2020.8.14 『天空の涼しさ』
群馬県の名山、武尊(ほたか)山2158Mに登って来た。気温は100M毎に0.5度下がるから、下界が30度だったら、 山頂は17度になる。登山口の1200Mまでは車で行けるので、そこから片道4時間の歩行だ。 気持ちのいい冷気だが、太陽光の下ではやはり暑い。木陰で休憩すると、稜線から涼しい風が吹き抜ける。 天空の楽園だ。お盆期間中だったので、登山者は結構いた。さすがに、皆さんマスクはしていない。 思わぬガスと降雨に見舞われたが、山の雨は慣れたもの、下山中にガスが上がって、美しい高山植物がみられた。 天空の自然の涼しさに慣れて自宅に帰ったら、ギョギョっと思うくらいの灼熱の空気。これが現実だ。


2020.8.13 『エコバックの有料化』
コンビニなどでは、4割以上の人がレジバックを断るという。エコバックを持ってなかったら、商品を手で抱えて店を 出ることになる。コンビニならまだしも、先日衣料品を大手デパートで購入、バックが何もない。『レジバックお必要ですか?』 と言われて、『要りません』と応えたら、商品のタグにテープを貼って渡され、店を出る時に気まずい思いをした。 家内はシューズを買ったのだが、いつもなら箱をもらわないのだが、今回はレジ袋をケチり、箱をもらって、 そのまま店を出た。まさかシューズを手に持って出られないから……。エコバックを持っていなかったら、今までとは ちょっと違う行動をしなければならないことを痛感。観光地で土産を買ったら、袋に入れてくれない。いつもなら、 観光地のイメージを表す紙袋に入れてもらって、それを贈る人に渡せたのだが、観光地は、レジ袋の有料化に合わせて 紙の袋も削減している。これって、趣旨は違うのだが……。エコバックとマスク、忘れずに。


2020.8.12 『猛暑の連続』
猛暑の連続、10日以上雨が降っていない。干上がってしまいそうだ。コロナ感染予防のマスクなど、していられない感じだが、 外に出る時、人が密集したところに行く時はマスクを手放なせない。車で買い物に出かけた時などは、降りる前に、 マスクとエコバックを持ったことを再確認だ。店の入り口まで行って、あわてて取りに戻ることもしばしばだ。 しかし、こう暑くては頭もボーっとしているから、チコちゃんに叱られてしまいそうだ。 我が家はエアコンがあまり好きではない。日中はほとんど点けない。夕食時から付けることが多い。 夏は強いと思っている。汗もそんなにかかない。(実は冬の寒さに弱い) しかし、いくら暑さに強いといえども、こう長く続くと、さすがに体のほうがバテてしまう。


2020.8.11 『知事の発言がネットオークションに影響』
小池都知事が発言、「歯磨きをする人は、家庭内感染リスクが少なそう」という。 吉村大阪府知事が、「うがい薬が感染リスクを少なくしそうと発言。問題はそのあとだ。ドラッグストアから商品が消え、 ネットオークションで高額で売買が増える。一般の消費者が情報に一喜一憂し、金儲けをたくらむ悪いやつらが買いあさって 店舗から品物が消え、消費者はあわてて購買行動を取る。コロナ禍でも、3月からのマスクが買えない事態、 消毒用アルコールが買えない事態、ティッシュペーパーや紙おむつが買えない事態、手づくりマスク用のボム紐が買えない事態、 そして今歯磨き粉をうがい薬だ。宇王佐生しながら商品を探し回る人が滑稽だ。何度経験しても、落ち着いていられない 心理はおもしろい。それよりも、各知事さん、自分の発言の重みを考えて欲しいものだ。


2020.8.10 『政府の施策は当てにならない』
政府は、「感染予防対策をした上での帰省はOK」と言い、東京都や他の県の多くは「高齢の親や持病のある人に感染 が無いよう、できるだけ遠慮して欲しい」という。それぞれの自治体によって、さまざまな事情があるだろうが、 このところの政府の無策による感染拡大には、県知事レベルから言わせれば、もう政府は当てにならない、という思いだろうか。 市民は、政府のいうこと、知事の言うこと、どっちを聴けばいいの?などとインタビューで迷っている。 状況を見ながら、自身で判断することなので、自分でリスクを考えなければならないはずなのに…。 ピンぼけの対策しかしないで、状況判断が悪い政府の施策は、もう誰も見向きもしないだろうが、 自治体レベルでできないことも多い。政権与党は、国会休会中を理由に、これ以上与党の傷口を大きくしたくないがための 無策状態。もっと国民の幸せを考えるのが政治のはずだが。


2020.8.9 『自然エネルギー』
このところ、近くの遊休耕作地で太陽光発電の設備が据え付けられている。流行の如くあちこちで開発が進む。 土地の草を刈って、平らにならしたかと思うと、さまざまな部品が運び込まれる。同時に測量をしながら部品を所定の 位置に置いて行く。3Mくらいの支柱を什器で地面にねじ込み、水平を取る。傾斜の付いたバーを組み立てる。 パネルをはめて行く。電力設備を接続する。という手順でどんどん組みあがって行く。自然エネルギーが活用されるのは、 環境保護の観点から、遊休耕作地の活用の観点から歓迎することだが、便利なものには必ず何か問題がどこかに存在する。 太陽光発電にはそれが無いのだろうか。無ければいいのだが。 因みに我が家でも家庭用のものを検討してみたことが有るが、値段と重量の数字が大きく、 我が家では無理なことがわかった。最新の住宅では、屋根の補強などをしているので大丈夫なようだが。


2020.8.8 『マイタイムライン』
全国各地で起こる水害、土砂崩れ、竜巻、津波などの自然災害。最近は50年、100年に一度とか、 今までに経験したことが無い、とかの警報が出される。経験値が無い出来事には、無い分だけの予見が必要だ。 各自治体では、万が一に備えたハザードマップが用意され、このところの災害では、結構な精度で役立て られているようだ。このハザードマップをもとに、何か災害の予兆が有った場合に、自分はどういう手順の 判断をし、どういう手順で準備や避難をしようかと検討するのが、マイタイムラインだ。例えば河川の 洪水など警報が発せられる前に、自身は安全だろうか、避難はどうすればいいか、を考えておけば、 それが予見として生かされるという訳だ。我が家は昨年の台風時に毎タイムラインで避難したが、空振りで 追わった。空振りで良かった!


2020.8.7 『真言宗の3密』
コロナ禍では密接距離、密室空間、密集空間のことを言うが、真言宗の教えに3密というのが、古くから有った。 福島県の真言宗・寿徳寺住職の、松村妙仁(みょうにん)さんは、美大を出て音楽イベント会社勤務から、実家の 一人娘として寺を継いだ経歴の方。この方が真言宗の3密を説く。
【身密:しんみつ】身体や行動を調えること、【口密:くみつ】言葉や発言をただしいものとすること、 【意密:いみつ】心や考えを調えること。密とは、弘法大師が唐から伝えた、密教の密を指し、仏と一体となる 修行のことをいうそうだ。この3密、コロナ感染予防の3密にも通じる、と松村尼は唱える。 コロナ禍ではあるけれど、ちょっと立ち止まって、心を見つめなおす機会、ととらえれば新しい世界が開けて来る、 と説いている。


2020.8.6 『広島原爆の日』
今日は広島に原爆が投下されてから75年、平和祈念式典が今日も開催された。例年なら5万人に達する参列者だが、 コロナ禍の影響により、800人に制限され、2Mのソーシャルディスタンスで椅子が用意された。 8時15分の黙とうに参加した。
広島の原爆資料館には3回ほど足を運んでいるが、凄惨な様子は、現地ならではのものがあり、訴えかける内容も 心に突き刺さって来るものがある。最新のアメリカの世論調査では、米国の若者の中に、核開発に対してNOと いう若者が増えており、原爆投下に関する意見もマイナス評価をする人が増えているという。世界的な、若者による 環境問題に関心を示すうねりと関係しているのだろうか。わが日本は、あまり関心度が上がっていないようだ。 平和ボケの証なのだろうか。長崎の平和祈念公園にも足を運んだ。広島と同じ思いがよぎった。 世界のリーダーは、何故、核の抑止力という膨大な無駄なエネルギーを使って自国を守ろうとするのだろうか。 わが国も、今までの防衛の在り方を一歩踏み出し、先取防衛の議論を始めた。“その状況”を想定するのではなく、 何故そうならないようにするための知恵を出さないのか、国のリーダーたちの意識を変えるのは、国民が選挙権を 行使することによって生まれる。賢い国民になりたいものだ。


2020.8.5 『新聞広告』
コロナ禍でビジネスが停滞する中、新聞広告も少ない。毎日の新聞が薄っぺらなのはそのせいなのだろう。 昨日の朝刊をめくっていたら、上半身背中が丸見えの美女の後ろ姿、ついつい目が留まってしまう。 何の広告かと思いきや、下着メーカーのブラジャーの広告だった。いやらしさが無く、さわやかなつくりは、 大人の感性なのだろう。裏面もオールカラーの一面広告、こちらは紙おむつの広告。おむつよいうより、 パンツ、とのコピーは、裏面の若い女性ターゲットから、おむつ需要のシニア向けだ。広告の内容も車や住宅や 家電といったものから、生活用の機能製品が多くなった。


2020.8.4 『今日は栄養の日』
今日は、公益社団法人日本栄養士会が定めた栄養の日だ。因みに8月1日から7日までは、 栄養週間といいうことで、さまざまなイベントや展示会などをやっていたのだが、今年は、 リモートで行うようだ。ダイエットがいろいろなところで話題になる中、“痩せる”ことにのみ 目が向き、日常生活を支える栄養のことがおろそかになっていることを、日本栄養士会は危惧している。 食料自給率が極端に低いにも関わらず、飽食をして、その上痩せよう、という悪循環の我が国だ。 食べることは必要なことなのだが、お腹が満たされればいい、というのではなく、生きるのに必要な 栄養価を摂取しなければならない。バランスよく食べることで、免疫機能が強化され、 病気の予防をすることができる、というものだ。きちんとした栄養を摂取し、きちんと定刻に定量を 食べる習慣を身に付け、適度な運動習慣、睡眠習慣を持てばダイエットなど不要、という考え方を定着させようという 運動、いいことだ。


2020.8.3 『照ノ富士優勝』
元大関の照ノ富士が、大相撲7月場所で優勝した。大関経験者が怪我で泣かされ、序二段まで陥落、這いあがって幕内の 前頭幕尻で2度目の優勝をした。優勝セレモニーでは、国技館の天井をじっと見ていた。自身が2年前に優勝した時の 記念額を見ていたそうだ。その気持ちたるや、おそらく優勝の感激に浸るというよりは、2年間のつらい日々が走馬灯の ように頭をよぎったことだろう。決してあきらめず、粘り腰で道を切り開く、こういったストーリーには、ただただ感動だ。 決してあきらめることなく、ひたすら我が道を行く、なかなかできることではない。NHKの番組で月曜夜の 「逆転人生」もその種ストーリーが展開され、よく見るが、何とかわが人生にもあきらめない精神を灯しておきたいと 思うのだが。


2020.8.2 『ヨシタケ・シンスケ』
絵本作家のヨシタケシンスケさん、7月31日(金)のあさイチに出演していて、なかなかおもしろい作家だなぁと 思った。そのイラストを見て、「あっ、これ見たことある」というタッチだった。なんかおどろおどろした態度で、 しっかりとした生き方哲学が有り、きちんとしたフィニッシュのイメージを持っていて、やることが身の丈、という感じだ。 だれでも日常生活で思いそうな、ありそうな行動を切り取って、絵本にする発想はすごいものがある。最新刊の 欲がでましたなど、“あるある!”っていう感じだ。


2020.8.1 『鼻も口も覆わない、目を覆う』
いやぁ、言い得て妙。昨日の天声人語には、うなってしまった。コロナ対応に対する政府のやり方を論評する記事だったが、 “あの”評判が悪い、世間ズレしたアベノマスクの話で、小さいことから、鼻も口も覆わないけど、さまざまな対応では 目を覆いたい、と書いている。あの大きさ、配布に450億円もかけた、なかなか届かない、いつでも手に入れられるように なってから届いても遅い、6月に届いても暑くてかなわない。一体このマスクのどこが国民の幸せにつながったのか? その後街中ではあのマスクは見かけない。みんなおしゃれで、涼しそうなものを着用している。付けているのは、安倍さんと その秘書官だけ。ほんとうに、目を覆いたくなる。そういう社会ズレしたセンスしかない官僚たちよ。予算を使うだけでなく、 もっと街に出て、世の中を見てくれ。マスクだけでもこんな怒り、GOTOトラベルや今の施策、まだまだ言いたいのだが………。
(後日追記)安倍さん、着用するマスクを変えた。“福島でつくっているマスクに変えました”だと。もう未練はなくなったらしい。


2020.7.31 『運転免許更新』
2週間前、地元の警察署で運転免許の更新をし、昨日、免許証をもらうための、2時間の講習に出席した。 無違反の場合は更新したその日に受け取れるが、違反者は後日2時間の講習を受講しなければならない。 今回の更新前に、実は3回も軽微な違反をしてしまい、ゴールド免許が消えてしまった。この違反で痛いのが、 罰金、講習の受講、自動車保険の割引き等級が下がること、更新期間が5年から3年になること、だ。道路交通法の違反については、 取り締まりで、運悪くたまたま捕まって、と思うしかない…。と思うのは筆者だけではないようだ。 あの警察官たちは、おとり検挙で(交通安全を指導するのではなく、捕まえて罰金を取ろうとして)やっているとしか 思えない。罪のない民間人を犯罪者に仕立てているのだ。けしからん!!!!
一時停止違反などは、ちゃんと止まっているはずなのに、「タイヤが動いているから」など言われてしまい、進入禁止 道路では、一方通行でもないのに、“進入禁止”の看板が有る、とのことで、曲がり角におまわりが隠れて見張ってやがる!
講習後、新免許証を交付され、やれやれだ。


2020.7.30 『平常心是道(びょうじょうしんこれどう)』
若かりし頃、茶道を習ったことが有った。茶席で使う扇子にこのひとことが書いてあった。若い頃から、この心を 持とうと思い続けて来たが、いまだにそうはなっていない気がする。どっしりと丹田に力が入っていればいいのだが、 ちょいとおへそのあたりに重みが無い気がする。いつも冷静に、慌てず、騒がず、普通の心境で居ようと思うが、 さまざまな現象が目の前に現れるに連れ、心が左右に動きだす。それが普通の人間の弱いところかもしれない、 なんて言い訳をしている筆者が居る。


2020.7.29 『行雲流水』
禅語に端を発する4文字。文字を見ただけで、何となく意味がわかるような気がする。すなわち、雲は空の上で 留まることなくカタチを変え、色を変え、流れて行く。水も、相手がどんなことかに寄らず、高いところから低いところへ 流れて行く。空行く雲や流れる水のように、自然の成り行きに任せて行動する、深く物事に執着しないというたとえだ。 しかし、人間の心は、前のことにとらわれ、執着し、あるべき論に固執し、機会を失ってしまう。朝令暮改とは、 一端決めたことをすぐに変えること、そうであってはならないとも思うが、反対に、決めたことに捉われ、変化することを 拒むこと、これも有ってはならない。現下の情勢を見極めながら、最適な道を探し求めることが大事なのだ。 雲は流れなくなると、晴や雨が続くことになるし、水は流れなくなると腐ってしまう。これが怖い。行雲流水の如く 行動することが大事だ。


2020.7.28 『アール・ブリュット』
公益財団法人「東京都歴史文化財団」が企画する美術展、 アール・ブリュット特別企画展が、 東京都渋谷公園通りギャラリー<渋谷区神南1-19-8>で7月24日(金曜日・祝日)から9月13日(日曜日)まで開催されている。 アール・ブリュット…あまり聞かない用語だが、定義としては、「正規の芸術教育を受けていない人たちの作品」ということらしい。 芸術そのものが個性を発揮する手段なのに、“正規の教育”などというのは、差別じゃないの?と思えるが、主に障がい者や 受刑者などが残した作品のことをジャンルとしているようだ。確かに著名な芸術家で発達障がいや精神障がいなどの障がいがある人は多い。 ニュース映像で作品を見たが、生で観たい衝動にかられた。しかし、このコロナの状況では、東京都に足を運ぶのが、はばかられる。 残念だ。


2020.7.27 『好きな歌シリーズ、ひとまず休憩』
6月17日から書いて来た“好きな歌シリーズ”、40回続けて、ひとまずここでシリーズを終えたい。
改めてこうやってピックアップしてみると、世の中の変遷とともに進化して来た歌の世界。 その時その時の世相を反映し、世代間の市民に親しまれ、古い歌が今も人々の心に残っているものは、 ワケが有って、心のひだの中に隠れている。筆者もこのピックアップを通して思い出したり感じた ことが多い。まだまだいっぱい書きたい歌が有ったが、ここでひとまず休憩、明日からは別の話題に入りたい。


2020.7.26 『♪時代 (好きな歌シリーズ40)』
1975年に中島みゆきが作詞・作曲、2作目のシングルとして キャニオン・レコードからリリースしたものだ。こんないい曲が存在することを知ったのは、 2000年を過ぎてからだった。それまで、中島みゆきは興味の対象外だった。語りかけるような詞が良い。

今はこんなに悲しくて
涙もかれ果てて
もう二度と笑顔には
なれそうもないけど

そんな時代もあったねと
いつか話せる日が来るわ
あんな時代もあったねと
きっと笑って話せるわ
だから今日はくよくよしないで
今日の風に吹かれましょう
まわるまわるよ 時代はまわる
喜び悲しみ繰り返し
今日は別れた恋人たちも
生まれ変わって めぐりあうよ

旅を続ける人々は
いつか故郷に出会う日を
たとえ今夜は倒れても
きっと信じてドアを出る
たとえ今日は果てしもなく
冷たい雨が降っていても
めぐるめぐるよ 時代はめぐる
別れと出会いを繰り返し
今日は倒れた旅人たちも
生まれ変わって歩き出すよ

まわるまわるよ 時代はまわる
別れと出会いを繰り返し
今日は倒れた旅人たちも
生まれ変わって歩き出すよ
今日は倒れた旅人たちも
生まれ変わって歩き出すよ

楽しいこと、悲しいこと、苦しいこと、嬉しいこと、いろいろなことが折り重なって人生は つくられる。それぞれの時代の思い出を心のひだに刻みながら前に進んで行く。今のこの時代も、 “あんな時代があったよね”と、おいしいコーヒーをすすりながら言える時がきっと来る。 その日のためにコーヒーカップとソーサーをいっぱい作陶している。
歌の力を感じる曲だ。


2020.7.25 『♪夏のおもいで (好きな歌シリーズ39)』
夏の代名詞的な歌だ。1949年(昭和24年)、NHKのラジオ番組『ラジオ歌謡』 で石井好子が歌ったが、瞬く間に多くの日本人の心を捕え、尾瀬の人気が高まった、 と言われている。江間章子作詞:中田喜直作曲だが、NHKからの依頼でつくったのだそうだ。

夏が来れば思い出す 遥かな尾瀬 遠い空
霧の中に浮かび来る 優しい影 野の小道
水芭蕉の花が咲いている
夢見て咲いている 水のほとり
石楠花色に黄昏る 遥かな尾瀬 遠い空

夏が来れば思い出す 遥かな尾瀬 野の旅よ
花の中にそよそよと 揺れ揺れる 浮島よ
水芭蕉の花が匂っている
夢見て匂っている 水のほとり
まなこ瞑れば懐かしい 遥かな尾瀬 遠い空

尾瀬には5回ほど行っているが、一度コカリナを首に下げて行き、 尾瀬ヶ原でこの曲を吹いた時がある。周囲に人垣ができた時は気持ちよかった〜!




2020.7.2 『♪小さな日記 (好きな歌シリーズ38)』
1968年、作詞:原田晴子・作曲:落合和徳で フォー・セインツが歌った。

小さな日記につづられた
小さな過去のことでした
私と彼との過去でした
忘れたはずの恋でした

山に初雪 降る頃に
帰らぬ人となった彼
2度と笑わぬ彼の顔
2度と聞こえぬ彼の声

ちょっぴりすねて横向いて
黙ったままでいつまでも
やがては笑って仲直り
そんなかわいい恋でした


小さな日記に 綴られた
小さな過去のことでした
2度と返らぬ恋でした
忘れたはずの恋でした

哀愁を帯びたマイナーな曲だが、覚えやすく、コード進行が簡単なので、すぐに覚えられた。 メロディラインは今でも錆びていない。


2020.7.23 『♪ブルー・シャトー (好きな歌シリーズ37)』
1967年、ジャッキー吉川とブルーコメッツがヒットさせた。 橋本淳作詞・井上忠夫作曲で、グループサウンズの草分け的な歌だ。150万枚もの売り上げで、 第9回日本レコード大賞に輝いた。

森と泉に かこまれて
静かに眠る ブルー ブルー
ブルー シャトウ

あなたが僕を 待っている
暗くて淋しい ブルー ブルー
ブルー シャトウ

きっとあなたは 紅(あか)いバラの
バラのかおりが 苦しくて
涙をそっと 流すでしょう

夜霧のガウンに 包まれて
静かに眠る ブルー ブルー
ブルー シャトウ

ブルー ブルー ブルー ブルー ブルー ブルー
シャトウ

きっとあなたは 紅いバラの
バラのかおりが 苦しくて
涙をそっと 流すでしょう

夜霧のガウンに 包まれて
静かに眠る ブルー ブルー
ブルー シャトウ ブルー

ブルー ブルー ブルー ブルー ブルー ブルー
シャトウ

このうた、エレキギターは持っていなかったので、ガットギターでジャカジャカやって歌った 少年時代がなつかしい。今は、カラオケでは、往年のグループサウンズの歌メドレー、 『ブルー・シャトウ君だけに』が十八番だ。


2020.7.22 『♪バラはあこがれ (好きな歌シリーズ36)』
作詞;ルイ・アマード、作曲;ジルベール・ベコーで1967年にべコー 自身によって歌われ 大ヒットした曲だ。和訳の歌詞で、日本でも クミコ 上条恒彦、小室等などがカバーしている。

永遠の誓いに そむいた心が
君をすててゆくときにも
隠しきれない 悩みを誰にも
打ち明けられないときも

  *バラはあこがればらはあこがれ
   バラは僕たちの夢
   バラはあこがればらはあこがれ
   バラは僕たちの夢

暮らしに追われ あちこちと街を
急ぎかけまわるときも
おなかがすいて その上おけらで
夜風がわびしいときも

  *繰り返し

君がきいてる 僕のこの歌を
少しあげましょう君に
君の思いに 君の7あこがれに
香りをつけよう バラの

  *繰り返し

シャンソン調で、いかにもフランスの曲といった趣だ。


2020.7.21 『♪あの青い空のように (好きな歌シリーズ35)』
小学校2年の音楽の教科書にも掲載されている、さわやかな曲だ。 作詞:丹羽謙次、市原潤子・作曲:丹羽謙次

喜び【喜び】 広げよう【広げよう】
小さな【小さな】 僕たちだけど
  *あの青い空のように
   澄み切った 心になるように

淋しさ【淋しさ】 忘れまい【忘れまい】
小さな【小さな】 僕たちだけど
  *くり返し

明るさ【明るさ】 いつまでも【いつまでも】
小さな【小さな】 僕たちだけど
  *繰り返し

怒りを【怒りを】 燃やそう【燃やそう】
小さな【小さな】 僕たちだけど
  *繰り返し

学び【学び】 続けよう【続けよう】
小さな【小さな】 僕たちだけど
  *繰り返し

エコーソングと言い、“喜び”と歌ったら、同じフレーズで後を追って行くという歌い方だから、 メロディーを知らなくても付いていける。"僕たちだけど"からは、ソロのメロディーになる。


2020.7.20 『♪五番街のマリーへ (好きな歌シリーズ34)』
「五番街のマリー」という表現も有るが、「五番街のマリーへ」が正解のようだ。 1973年(昭和48年)にリリースされペドロ&カプリシャスが歌った。 作詞:阿久 悠・作曲:都倉 俊一、当時は人気・実力ともナンバー・ワンの作詞家と作曲家の最強タッグだった。

五番街へ行ったならば
マリーの家へ行き
どんな暮ししているのか
見て来てほしい

五番街は古い街で
昔からの人が
きっと住んでいると思う
たずねて欲しい

マリーという娘と
遠い昔に暮らし
悲しい思いをさせた
それだけが気がかり

五番街でうわさを聞いて
もしも嫁に行って
今がとても幸せなら
寄らずにほしい

五番街へ行ったならば
マリーの家へ行き
どんな暮ししているのか
見て来てほしい

五番街で住んだ頃は
長い髪をしてた
かわいマリー今はどうか
知らせてほしい

マリーという娘と
遠い昔に暮らし
悲しい思いをさせた
それだけが気がかり

五番街は近いけれど
とても遠いところ
悪いけれどそんな思い
察してほしい

実はこの歌、知ってはいたがあまり歌ったことは無かった。最近になってギターを持ってからアルペジオで 歌ったら、気持ちよくなって好きになった。者悲しいが、いい旋律のいい歌だ。


2020.7.19 『♪真夜中のギター (好きな歌シリーズ33)』
作詞:吉岡治・作曲:川村利夫、1969年(昭和44年)にリリース。 千賀かおるが歌い、その年の第11回 レコード大賞新人賞をとった。その後、2010年に島谷ひとみがカバーしている。

町のどこかに 淋しがり屋がひとり
いまにも泣きそうに ギターを奏いている
愛を失くして なにかを求めて
さまよう 似たもの同士なのね
此処へおいでよ 夜はつめたく永い
黙って夜明けまで ギターを奏こうよ

空をごらんよ 淋しがり屋の星が
なみだの尾をひいて どこかへ旅に立つ
愛を失くして なにかを求めて
さまよう 似たもの同士なのね
そっとしときよ みんな孤独でつらい
黙って夜明けまで ギターを奏こうよ

愛を失くして なにかを求めて
さまよう 似たもの同士なのね
そっとしときよ みんな孤独でつらい
黙って夜明けまで ギターを奏こうよ

ギターを奏こうよ
ギターを奏こうよ

此処へおいでよ〜からハモると、良い旋律となるのが好きで、若い頃よく歌った。 曲がリリースされた時は高校生のとき、ガットギターを持っていてギターを始めた、まだ下手な頃、 ♪ギターを弾こうよ、のところで、ほんとうに弾いている気がして気持ちよくなったものだ。


2020.7.18 『♪ふれあい (好きな歌シリーズ32)』
この曲を歌った中村雅俊 と筆者は、生年が同じなので、なんか親しみがある俳優だ。1974年、作詞 : 山川 啓介・作曲:いずみたくでシングルカットされた。

悲しみに出会うたび あの人を思い出す
こんな時そばにいて 肩を抱いて欲しいと
なぐさめも涙もいらないさ 温もりが欲しいだけ
人はみな一人では 生きて行けないものだから

むなしさに悩む日は あの人を誘いたい
一言も語らずに 同じ歌うたおうと
なにげない心のふれあいが 幸せを連れて来る
人はみな一人では 生きて行けないものだから

なにげない心のふれあいが 幸せを連れて来る
人はみな一人では 生きて行けないものだから

生きて行けないものだから

こういった良い情景が今はつくれない。人は人に慰められ、人は人に惹かれ、人は人に勇気づけられる。 普通にそういうことができる世の中に早く戻りたい。


2020.7.17 『♪バラが咲いた (好きな歌シリーズ31)』
日本のフォークソングブームの原点とも言える曲だ。浜口庫之助作詞・作曲、 マイク真木が歌った。 1966年にシングル盤として世に出たが、その年の紅白歌合戦に出場した。

バラが咲いた バラが咲いた まっかなバラが
さびしかった ぼくの庭に バラが咲いた
たったひとつ 咲いたバラ ちいさなバラで
さびしかった 僕の庭が 明るくなった
バラよバラよ ちいさなバラ
そのままで そこに咲いてておくれ
バラが咲いた バラが咲いた まっかなバラが
さびしかった ぼくの庭に バラが咲いた

バラが散った バラが散った いつのまにか
ぼくの庭は まえのように さびしくなった
ぼくの庭のバラは 散ってしまったけれど
さびしかった ぼくのこころに バラが咲いた
バラよバラよ こころのバラ
いつまでも ここに咲いてておくれ
バラが咲いた バラが咲いた ぼくのこころに
いつまでも 散らない まっかなバラが
いつまでも 散らない まっかなバラが

筆者が最初に覚え、最初にギターを弾きながら歌ったのがこの曲だ。コード進行がシンプルなので、 ギターを初めて弾く人にも受け入れやすく、フォークソング弾き語りの入門的な曲だった。



2020.7.16 『♪手の平を太陽に (好きな歌シリーズ30)』
1962年、NHKみんなのうた でブレークした曲だ。作詞:やなせたかし・作曲:いずみたく。やなせたかし、と言えば言わずと知れた アンパンマンの作者だ。この詩は、アンパンマンのマーチにも通じるところがあり、 イノチの大切さを歌っている。

ぼくらは みんな生きている
生きているから歌うんだ
ぼくらは みんな生きている
生きているから悲しいんだ
手のひらを太陽に すかしてみれば
まっかに流れる ぼくの血しお
みみずだって おけらだって
あめんぼだって
みんなみんな 生きているんだ
ともだちなんだ

ぼくらは みんな生きている
生きているから笑うんだ
ぼくらは みんな生きている
生きているから嬉しいんだ
手のひらを太陽に すかしてみれば
まっかに流れる ぼくの血しお
とんぼだって かえるだって
みつばちだって
みんなみんな 生きているんだ
ともだちなんだ

息子と娘が小さい頃、よく一緒に歌った。子ど会のクリスマス会やお楽しみ会などでもよく歌ったものだ。 最近は、知的障がい者のつどいなどで、振り付けをしながら歌ったりするが、盛り上がる曲だ。



2020.7.15 『♪花のカノン (好きな歌シリーズ29)』
ともろぎゆきお作詞・峯陽作曲、ボニー・ジャックスが歌った。 カノンとは、輪唱のこと、♪静かな湖畔の 森の影から〜の歌を輪唱で歌ったことが有る方が多いかと思うが、 2小節とか4小節遅れてスタートして、音を重ねて行くと、美しいいハーモニーになる。 この曲もそういう楽しみ方ができる曲だ。

冬の花みつけた
ふきのとうを見つけた
白い雪の下で
じっとがまんしてた
じっとがまんしてた

春の花みつけた
タンポポをみつけた
春の風にゆれて
うれしそうにしてた
うれしそうにしてた

夏の花みつけた
ひまわりをみつけた
高く背伸びをして
雲と話してた
雲と話してた

秋の花みつけた
コスモスを見つけた
垣根を乗り越えて
通る人をみてた
通る人をみてた

この曲を知ったのは、20年ほど前、地域の歌声サークルの仲間から譜面をもらって覚えた。 四季折々のどこにでもある景色が想像できて、その情景が目に浮かぶいい詞だ。


2020.7.14 『♪戦争を知らないこどもたち (好きな歌シリーズ28)』
1970年は、大阪で万国博覧会が開催された。この会場で開催されたコンサートで初めて歌われた曲だ。 作詞:北山 修・作曲:杉田 二郎で、翌年にはジローズとしてシングルカットされた。 その年の日本レコード大賞新人賞を受賞している。 この頃はベトナム戦争の真っ最中であり、日本における 反戦歌の代表的存在だった。

戦争が終わって 僕等は生れた
戦争を知らずに 僕等は育った
おとなになって 歩き始める
平和の歌を くちずさみながら
僕等の名前を 覚えてほしい
戦争を知らない 子供たちさ

若すぎるからと 許されないなら
髪の毛が長いと 許されないなら
今の私に 残っているのは
涙をこらえて 歌うことだけさ
僕等の名前を 覚えてほしい
戦争を知らない 子供たちさ

青空が好きで 花びらが好きで
いつでも笑顔の すてきな人なら
誰でも一緒に 歩いてゆこうよ
きれいな夕日の 輝く小道を
僕等の名前を 覚えてほしい
戦争を知らない 子供たちさ
戦争を知らない 子供たちさ

筆者は、反戦歌などという意識は無く、メロディラインがいいことと、(僕らの名前を〜)のところから ハモれるところが好きで、よく2〜3人でうたったものだ。



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